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	<title>大野一道ブログ</title>
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	<description>大野一道の創造世界</description>
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		<title>NHK文化センター青山教室　開講のお知らせ</title>
		<description><![CDATA[春満ちて、青阿居は花の香に包まれています。
皆様にはお元気で御活躍のこととお慶び申し上げます。
昨年のリサイタル「明」（浜離宮朝日ホール）は、多くの方々にお運び戴き、充実のステージとなりました。皆様の温かなお心を糧に、自らを見つめる日々を過ごしております。
今年は、十月二十日津田ホールにてテーマリサイタル「玄」（おおもと）開催予定です。
演奏曲目は皆様ご存知の唱歌と神話を題材にしたモノオペラ「やまたのおろち」です。
「内観共振法」を確立
ハミングを自分の内面に共振させて心身のバランスを整える革新的発声法です。効果抜群でレッスンを受ける二期会の歌手や音楽大学の学生、一般の方々まで、見る見るうちに声が変化し、豊かな声の実感に皆驚いています。私の声もどんどん進化し、より深く輝きに満ち満ちてまいりました。一日歌い続けても声がかれる事はありません。どこまで進化するのだろうと我ながら不思議に思います。
また特に運動をするわけでもないのに、足や腕の筋肉がしっかりして、体重は変わらないのにウエストは三、四センチも縮まりました。友人の医者に言わせると内観共振法は免疫力を高め、健康にすこぶる良いと言うのです。声も体も若返っています。
三月十六日と十七日、渋谷と目黒のロータリークラブで内観共振方を公演しました。
NHKの講座では内観共振法を用いて自然発声を試みて戴こうと考えています。
また童謡唱歌や歌曲の詩に内在する、奥深い日本の美の心を求め、演奏表現に結びつけるべく簡単で的確な表現法の体得を目指します。
時には何百年も前に作られた書画や陶器などの実物を播磨の自宅から運んで、奥深い日本の美に触れていただき、西洋と東洋、ないしは日本の違いを本質的な視点で見つめ、体感していただこうとも考えています。是非、講座にご参加下さい。
【公演日時は下記の通りです】
日時：四月から九月まで半年間　第四木曜日　午後四時から六次まで
場所：NHK文化センター青山教室（教室は受付でお聞き下さい）
人数：四十五人まで（先着順とさせていただきますご了承下さい）
二〇〇九年　四月
於　青阿居　大野一道
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		<title>雪の白さに思う</title>
		<description><![CDATA[２８日（月曜日)姫路から特急スパー白兎で鳥取に行きました。山間の村々は　白く雪に包まれて静かに佇んでいました。　奥深くどこまでも営みの足跡を印す人間の生命力に驚きます。
様々な自然条件を克服し、その地に適合して暮らしているわけですが、自分たちの都合に合わせて自然破壊を続けていることも事実です。地球や他の動植物にとっては迷惑な話でしょう　。
人間も地球の一部です。　全体的視野に基づいて地球との調和の歩みを実現したいものです。営みは即物的に表層を流れ、政治も経済も目先のことに翻弄され不安定です。　テレビで国会や国会議員の有様を見ていると、この国はいったいどうなってしまうのだろうと心配になります。外国にもこの映像が流れるに違いありません。日本の評価はいかがなものでしょう、恥ずかしい気がします。わが国の民主主義はまだまだ未成熟なのだと思わざるを得ません。西洋化は本来の日本を失わせました。かといって西洋に真の理解に届いているわけでもありません。営みは浮遊して流れ続けるばかりです。
全てのことが人それぞれの視点で展開し、普遍への志向を完全に欠いています。人はそれぞれの自分を生きているわけですが、それぞれである前に地球という全体の一部です。全体の一部として存在できてはじめて、それぞれの本来を生きることができるに違いありません。　普遍性の上に相対性が成立するということになります。普遍を踏まえぬ相対は意味を成さぬこととなるのです。個と全体の関係性の把握が重要です。
 音楽現代（芸術現代社刊）の連載「音を観る」が３６回を迎えます丸三年が過ぎました。　上述のこと、即ち東洋の深遠を踏まえて現実の混迷を解き明かすべく取り組んでまいりました。今回は三年の締めくくりとして大タイトルの「音を観る」－そのままに　心を聴く－をタイトルに掲げ、生命の全体性に根ざす東洋の深さをテーマとしています。　是非ご一読ください
寒さが続きます、皆様にはくれぐれもご自愛くださいますよう。心と体のバランスが整うと免疫力が上がるようです。　自然呼吸に基づく発声、歌が一番。健康のもとです。　　
 　　
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		<link>http://www.kazumichi.info/blog/?p=10</link>
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		<title>音楽の芸術性　童謡とドイツ歌曲はどちらが芸術的か　</title>
		<description><![CDATA[タイトルは音楽現代二月号連載記事のタイトルです。クラシックの西洋音楽は芸術だと誰もが思っているでしょうが、本当にそうなのでしょうか。モーツアルトやベートーヴェンの音楽はどこがどのように芸術的なのでしょうか。改めて考えると答えにつまりはしませんか。
広辞苑で芸術を引いてみても的確な答えにいたりません。結局のところ芸術だと思えばそれを芸術といって良いことになります。美についても同じことです。
つまり世の中は人それぞれの視点でうごいているのです。世情の混迷の原因がそこにあります。
 さらに、人間って何と問いかけても答えはでないでしょう。私たちは人間とは何かをわからずに人間をしていることになりはしませんか。皆さんはどう思われますか。
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		<link>http://www.kazumichi.info/blog/?p=9</link>
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		<title>カザルスホール　日本歌曲リサイタル「空」</title>
		<description><![CDATA[昨年１１月２９日のカザルスホールのリサイタル　お陰さまで無事終わりまし　皆様からすばらしいメッセージをたくさんいただきました　「体の隅々まで染みとおるような声」「こころがひらかれるよう」「ホール全体が共振する今まで聴いたことのない声」「全く自然な音楽表現」等々　とても嬉しくありがたい言葉の数々　また新しい一歩を踏み出そうと思います　ありがとうございました皆様のますますのご活躍をお祈り申し上げます
　　
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		<link>http://www.kazumichi.info/blog/?p=8</link>
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